曹源の一滴水
「ねえねえねえ、うーにゃん聞いて」
帰宅するや、みゆはうーにゃんが眠っている部屋に飛び込んできた。安眠をむさぼっていたうーにゃんはムッとするものの、大人の対応をする。
「また100円玉でも拾ったの?」
一週間前、みゆは100円玉を拾い、眠りにつくまで上機嫌だった。
「失礼だようーにゃん、100円なんて子供の小遣いじゃない」
あの日のみゆの笑顔を思い出しつつ、うーにゃんはほくそえんだ。
「で、なにがあったの?」
「それがね、びっくりなんてもんじゃないの。中学時代の同級生が院展という絵の展覧会で大賞かなにかをもらったんだよ」
「日本美術院が毎年開催している公募展だね。院展で大賞というのは素晴らしい。芥川賞をもらったようなものだよ。すごい同級生がいたんだね」
絵が好きなうーにゃんは、もともと大きい目をさらに大きくして驚いている。
「でもさあ、その子って、こう言ってはなんだけど、成績はいつもビリの方だったんだ。いつも私と争っていたんだから」
「あ、つまりビリ争いした同志っていうわけね」
うーにゃんの顔に縦の線が幾筋も走った。
「それなのに、院展で大賞って、すご過ぎない?」
みゆの言うには、彼は小学生の頃から絵が大好きで、授業中もずっとノートに絵を描いていたため先生や同級生から疎まれ、卒業するまで劣等生の烙印を押されていたという。
「ほんとうはね」
みゆがうーにゃんの耳元でひそひそと話し始める。
「その子が好きだったんだ。だって、自分の世界があって、ずっと好きなことに没頭していたんだもの。みんなからバカにされてもまったく気にしていなかった。大きくなったら画家になれたらいいねって心の中で応援していた。だからネットニュース見たときはうれしくて……」
みゆは目を潤ませている。
「曹源の一滴水」
うーにゃんはいきなりネコ座りし、居ずまいを正して言った。
「え? うーにゃん、なにか言った?」
「ソウゲンノイッテキスイって言ったの。その子はまさしくそれを実行したの」
「なにそれ?」
「どんなに大きな川も、はじまりは一滴の水ってこと。ずっと前、パパやママと利根川の源流を見に行ったことがあったでしょ? あんなチョロチョロとした流れがやがて利根川になるなんて想像できなかったよね。それと同じ。彼は学生時代、チョロチョロとした小さな流れに過ぎなかった。でも、コツコツと続けていたから大きな川になった。たぶん、彼はもっともっと大きな川を目指して頑張ると思うよ」
「やっぱり、好きなことを続けるって、かっこいいよね」
「困難だらけだけどね。だって、世の中には選択肢が無数にあるんだもの。壁にぶつかった時、他のことに気をとられてしまう。松下幸之助さんも『成功の要諦は、成功するまでやり続けること』って言ったけど、ひとつのことをやり続けるって、それだけで才能なのよ」
「それがなかなかできないんだよね」
「こんど、その子に連絡をして、ひさしぶりに会ってお祝いしたら? みゆもいい影響を受けると思うよ」
「曹源の一滴水か……。いい言葉だね。私はこの先もずっとチョロチョロなのかなあ」
「それはわからない。でも、自分を信じてやり続けたら、必ずいい結果になると思うよ。パパも言っているでしょ? 『すぐに得たものは、すぐに失われる』って。結果が出るまでにはそれなりの時間がかかるようにできているの。だから、焦らないで」
「うん、ありがとう、うーにゃん先生」
そう言ってみゆはポケットから100円玉を取りだした。とてもうれしそうな表情だった。
うーにゃん先生流マインドフルネス
米アップル社創業者、スティーブ・ジョブズが傾倒していたことで、米国のビジネス界で脚光を浴びている禅。
宗教色を排し「マインドフルネス」としてアレンジされ、瞑想を通じて自身の深い心のあり様を見つめ、経営判断や、仕事のストレス緩和に活用されています。
その源流にある禅宗の文献からまとめられ、日本では多くの経営者により愛読されてきた禅語を「うーにゃん先生の禅語」として連載でお届けします。
情報過多の時代に生きる私たちが、シンプルに本質を判断し、次の一歩を後押ししてくれるヒントが必ず見つかるはずです。
ZEN(禅)マスターは
年齢:12才、性別:♀、猫種:キジトラ、名前:うーにゃん先生。
一見平凡な猫に思えて、その実、深い知識と教養を備えたうーにゃん先生とその飼主である「みゆ」との会話を通して、禅語の本質を平易に解き明かします。
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