大死一番絶後再蘇(大死一番絶後に再び蘇る)
ひさしぶりの家族団らん。みゆとパパ、ママ、そしてうーにゃんが食卓を囲んでいる。
いちおう、うーにゃんにも専用の椅子がある。椅子の上に座ると、テーブルの上からちょこんと顔だけが出る。それを見て、みゆがクスッと笑った。
家族といっしょに食べるとき、うーにゃんのメニューは決まっている。5ミリ四方くらいのカマンベルチーズが3切れだけ。しかし、食器は作家もののガラス皿。「ネコといえども、なるべく本物に触れる」という当家の流儀に則っているのである。
「きのう、すごい人に会ったよ」
みゆが少し興奮気味に話し始めた。
「その人、友だちと資金を出し合って会社をつくって居酒屋を始めたんだけど、大当たりしてね。3店舗まで増やしたのはいいんだけど、近くに競争相手ができてから経営が悪化して倒産しちゃったんだって。友だちはそのまま逃げてしまったんだけど、その人は借金を全部引き受けたらしいの」
「友だちと始めるのは簡単だけど、事業がうまくいったという話はほとんど聞かない。みゆも安易に友だちを巻き込んではいけないよ」
パパは好物のパクチーが入ったサラダをパクパク食べながら、そう言った。
「うん。でね、その人、昼間は宅急便の運転手、夜はバーテンダーのバイトをして、10年かかって全額返済したんだって」
「ほほう。バルザックの『セザール・ビロトー』みたいだな」
「でね。その人、こんどは経営セミナーの事業を始めたの。自分の失敗体験を生かせるって。バイト時代に出会った人たちからいろいろ人脈が広がって、今ではすごい評判になっているよ」
「なるほど。じつに教訓にみちた話だな。世の中は格好の参考書ばかりというわけだ。うーにゃん先生なら、この話から何を読み取る?」
ちょうどチーズを口に入れたばかりのうーにゃんは、急に「先生」と言われたものだから、あわてて呑み込もうとしてむせてしまった。パパはうーにゃんがみゆの指南役になっているのを知っているのだ。
「ほら、みゆ、うーにゃん先生のご宣託だ。ノートの用意は?」
「えー? どうして?」
「聞いた時はわかったつもりでも、すぐに忘れてしまうもんだ。とにかく大事なことはノートを取る習慣をつけなさい」
「うーにゃんの言うことがそんなに大事なことなのかなぁ〜」
「いいから、早くノートを持ってきなさい」
「なんか、プライド傷つくわ〜」
嫌々立ち上がりかけた時、「はい」とママがみゆにノートを手渡した。ママはことのなりゆきを予想して、手元にノートを置いていたのだ。
うーにゃんはようやく呼吸が整ったらしく、椅子の上でネコ座りして、こう言った。
「大死一番絶後に再び蘇る」
「ほー、そう来たか」
パパは感心したおももちだ。
「で、その心は?」
「失敗は成功の母ってことかしら。江戸時代の終わりごろ、松浦静山が『勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けなし』って言ったけど、失敗にはかならずはっきりした理由があるってことよね。でも、人はそれに気づかない。のっぴきならないところまで追い込まれて、はじめて気づいて、そこでようやく変わろうとする。変わることを受け入れると言ってもいいかしら。日産自動車だってカルロス・ゴーンさんが来るまで変わろうとしなかったものね。『易経』の言う、『窮すればすなわち変ず、変ずればすなわち通ず』もそういう意味でしょう?」
「ほほー、さすがうーにゃん先生。禅の言葉と松浦静山と易経をからめて説明してくれるとは、おそれいった。ネコにしておくのはもったいない。みゆ、ちゃんとメモしたか?」
「なんかさあ、うーにゃん先生の言葉って、いっつも難しくって……」
しぶしぶノートを取るみゆを、ママが笑顔で見つめている。
「その人は、失敗から多くのことを学んだってわけさ。人間関係や社会の成り立ちなどについて、じっくり考えたはずだ。どこに原因があったんだろう、自分のどこがまちがっていたんだろうって。そこで学んだ人はそのあといい人生が開けるけど、学ぼうとしない人はどんどん坂を転げ落ちるってことだよ。みゆもよく肝に銘じておくようにね」
「でもパパ、もっと重要なことがあると思うよ、うーは」
うーにゃんが首をせいいっぱい伸ばして、そう言った。
「ほほ−、それはなんだね」
「ものごとが悪くなる時って、一気にそうなるわけじゃないでしょう? なにか些細なことから始まって、気がついたら取り返しがつかなくなっていたってことの方が多い気がする。だから、注意深く観察して、失敗の芽を摘むの。『老子』にもそういうことが書いてあるでしょう? 問題は易しいうちに対処しなさいって。ということは、窮するほどひどくなるまで放っておくのはあまりお利口さんじゃないような気がする」
「そう! その通り。おまえは眠ってばかりいるようだけど、大切なことを学んでいるね。えらいぞ」
褒められたうーにゃんは、恥ずかしそうに顔を赤らめ、下を向いた。
「うん。やっぱり、うーにゃん先生にはかなわないわ」
素直なところが、みゆの取り柄なのである。
うーにゃん先生流マインドフルネス
米アップル社創業者、スティーブ・ジョブズが傾倒していたことで、米国のビジネス界で脚光を浴びている禅。
宗教色を排し「マインドフルネス」としてアレンジされ、瞑想を通じて自身の深い心のあり様を見つめ、経営判断や、仕事のストレス緩和に活用されています。
その源流にある禅宗の文献からまとめられ、日本では多くの経営者により愛読されてきた禅語を「うーにゃん先生の禅語」として連載でお届けします。
情報過多の時代に生きる私たちが、シンプルに本質を判断し、次の一歩を後押ししてくれるヒントが必ず見つかるはずです。
ZEN(禅)マスターは
年齢:12才、性別:♀、猫種:キジトラ、名前:うーにゃん先生。
一見平凡な猫に思えて、その実、深い知識と教養を備えたうーにゃん先生とその飼主である「みゆ」との会話を通して、禅語の本質を平易に解き明かします。
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