一切唯心造也
今日は、みゆの元同僚が訪ねてくる。うーにゃんが、みゆのメンターだと聞き、相談にのってほしいというのだ。
「なんか、気が重いなあ」
うーにゃんは、みゆに言った。
「会って話を聞いて、ちょっとアドバイスするだけだから」
「でも……」
「〝少しだけ、だから贅沢〟のモンプチ、ごちそうするから」
「それ、いつも食べてるよ」
♪ピンポ〜ン
玄関のチャイムが鳴り、みゆが出迎える。入ってきたのは、長身の若い女性だ。みゆがうーにゃんに紹介すると、女性ははにかみながらペコンと頭を下げた。
「はじめまして、○○といいます。うーにゃん先生ですね。お噂はお聞きしています」
風貌に似合わず、物言いがしっかりしている。
「はいはい、わたしがうーにゃんですよ」
うーにゃんは、わざとイジワルばあさん風に答える。
すると、女性の態度が豹変した。
「あ、ほんとう! ネコがしゃべった。みゆが言ったこと、ウソじゃなかったんだ」
「だから言ったじゃない。人間の言葉を話すって」
「えー、うそうそ、ありえな〜い」
ありえなくはない。現実に起きていることである。
はしゃぎぶりを見ていると悩みがあるとは思えないが、うーにゃんは話を聞くことにした。
女性が言うには、職場にとても意地悪な先輩がいて、その人のことを考えるだけで息が苦しくなってしまうという。
「よくあることだよね」
うーにゃんは、ため息をつきながら言った。
「どの職場にもそういうヒトはいるよ。職場に限らず、ヒトがたくさん集まっているところは、社会の縮図だから。ニンゲン以外の自然界なら、食うか食われるか。意地悪されるくらい、なんてことないと思うけど」
みゆも相槌を打つ。
「でもさあ、ほんっとにひどいんだから。あのオバサン、ずっと結婚できなかった理由がわかる」
「で、わたしにどうしてほしいの?」
「折れそうな心がシャキッとするようなアドバイスをしてほしいの」
「そんな、魔法みたいなことできないよ」
「でも、みゆは、うーにゃん先生の言葉で何度も救われたって言っていますよ」
うーにゃんの表情がすこし緩んだ。そう言われれば、嬉しくないはずがない。
「じゃあ、しかたないな〜」
うーにゃんは、きちんとネコ座りして瞑目し、低い声でつぶやいた。
「一切唯心造也(いっさいただこころのつくるなり)」
「え? なになに。わかんな〜い」
女性のキャピキャピ声が裏返った。
「この世に、意地悪な人という存在はないの。あなた、唯識論って知っている?」
「ユイシキロン? 知らな〜い」
やたら語尾を伸ばす。
「この世にあるものはすべて自分の心がつくりだした仮のもので、心のほかに事物的存在はないということ。唯物論と対極をなす考え方よ」
「なんか、よけいわからないわ」
「つまりね、あなたの心が意地悪な人をつくりだしているということ。その人は意地悪な面ももっているけど、あなたはそこしか見ていないから、その人がそう見えるだけ。ほんとうは、あなたにだって意地悪な心があるのよ」
「まあ、そう言われてみればそうかなあ」
「あなたも意地悪な心を持っているから、ほかのヒトの意地悪な面が見えてくる。だからね、このヒト、意地悪だって思ったら、少し深呼吸して息を整え、それは自分の心がつくっているって思ってごらんなさい。そのヒトに対する印象がリセットされるから」
「そうかぁ! こんど、やってみる」
「はいはい」
「それと、ひとつお願いがあるんだけど、うーにゃん先生、わたしのメンターにもなってください。だって、みゆを見ていると、いつも気持ちが平らっていうか、みゆがうちの会社にいた頃、毎日仕事でミスして怒鳴られていたのに、なにくわぬ顔でしれーっとしていたんだもの。ぜったい、うーにゃん先生のおかげだよ」
「毎日怒鳴られていたの?」
「うん」
みゆはバツの悪そうな表情をする。
うーにゃんは、みゆが上司からこっぴどく叱られている様子を想像して、思わずニンマリしてしまった。
うーにゃん先生流マインドフルネス
米アップル社創業者、スティーブ・ジョブズが傾倒していたことで、米国のビジネス界で脚光を浴びている禅。
宗教色を排し「マインドフルネス」としてアレンジされ、瞑想を通じて自身の深い心のあり様を見つめ、経営判断や、仕事のストレス緩和に活用されています。
その源流にある禅宗の文献からまとめられ、日本では多くの経営者により愛読されてきた禅語を「うーにゃん先生の禅語」として連載でお届けします。
情報過多の時代に生きる私たちが、シンプルに本質を判断し、次の一歩を後押ししてくれるヒントが必ず見つかるはずです。
ZEN(禅)マスターは
年齢:12才、性別:♀、猫種:キジトラ、名前:うーにゃん先生。
一見平凡な猫に思えて、その実、深い知識と教養を備えたうーにゃん先生とその飼主である「みゆ」との会話を通して、禅語の本質を平易に解き明かします。
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