好事不出門 悪事行千里
家族そろって近くの公園へ行き、バスケットランチを楽しんだ。食後、芝生の上に寝転んでいるうち、みゆはうとうとしてしまった。ふと隣に目をやると、うーにゃんがすやすやと眠っている。ネコはいつも周りを警戒しているため、3時間くらいしか熟睡しないと言われるが、うーにゃんは大の字になって無防備に眠りこけている。大物の風格である。
「おい、見なよ、このあけっぴろげな姿。写真に撮ろうか。インスタント映えしそうだぞ」
「パパ、インスタントじゃなくて、インスタだよ」
「そうか。……照れるなあ」
ここは照れる場面ではないのに、と思いつつ、みゆは言葉を飲み込んだ。
パパの大きな声でうーにゃんは目をさました。
「あ、パパ。いま、うーは夢を見ていたよ。せっかく作ったエースコックのワンタンメンをだれかに食べられてしまったの。結局、犯人はパパだってわかったから、思い切りツメでパパの顔を引っ掻いたの。そしたら、パパの顔に赤いシマシマの線ができちゃった。すごくリアルな夢だったよ」
「なんだよ、ひどい夢だな。うーにゃんはワンタンメンも食べるのか」
「うん。この前、初めて食べたけど、おいしかった」
「そうか、ママ。こんど、うーにゃんにもワンタンメンを作ってさしあげなさい」
「はいはい」
その後、4人はいつものように周囲のゴミ拾いをして帰宅した。
「ねえパパ。いいことってなかなか広がらないよね」
ゴミを分別したあと、みゆがパパに言った。
「なんだよ、やぶからぼうに」
「だってさ、私が仕事でお世話になっている人が毎朝、道路のゴミ拾いをしていて、いっしょにやってくれる人を募集しているんだけど、なかなか増えないんだって。それどころか、ゴミ拾いをしているところにゴミを捨てる人もいるらしいよ」
「なるほど、そういうことか。この前、ちょうどうーにゃんとそういう話をしたばかりだ」
「うん、パパと話したね。好事不出門 悪事行千里(こうずはもんをいでず、あくじはせんりをゆく)って」
「なにそれ、また禅語?」
「うん。いいことはなかなか世間に広がっていかないけど、悪いことはあっという間に広がっていくという意味だよ」
「たしかにそうかもね。だって、SNSで一気に拡散するのって、だいたいネガテイブなことだもの。だれがこんなことをした、こんなことを言ったっていう話ばかり。ときどき美談も広がるけど、悪いニュースの方がずっと多いよ」
「で、集中砲火にあって炎上というわけか」
「この前、炎上したタレントも、もとはといえば政治的な発言をしたからだよね。それで一気に燃え広がった。けっこう、まっとうな発言だと思ったけど、気に入らない人にとっては放っておけないみたい」
「大衆はつねに生贄(いけにえ)を求めているからな。だれかをスケープゴートにして、みんなでいじめてスッキリする。これは人間に限らず、あらゆる生き物に共通する本能だ。それに、他人の不幸は蜜の味っていうだろ。いじめられている人を見て可哀想と思う人もいれば、ほくそえんでいる人もいる。どっちが多いかといったら、後者じゃないかな」
パパの発言のあと、うーにゃんが言葉を継いで話題を元に戻した。
「いいことはなかなか広がらないという話だったけど、それって裏を返すと、時間をかければ広がっていくということなんだ。この前、パパの書斎にある本を読んでいたら、イエローハットの創業者の話がでていたよ」
「ああ、鍵山秀三郎さんか」
「カー用品業界って、それまであまりマナーが良くなかったらしく、鍵山さんは毎朝掃除をすることによって社風を変えたいと思ったらしいんだよね。社長みずから来る日も来る日も掃除を続けた。毎朝社用車を洗ったりね。それなのに、社員はだれも手伝ってくれなかったって」
「そうらしいね。オレの知人が鍵山さんと親しいんだけど、そんな話を聞いたことがあるよ」
「でも、10年過ぎる頃からぽつぽつと手伝ってくれる社員が現れた」
「10年もかかってようやく?」
みゆは目を丸くして、驚いた。
「そう。それから10年たつと、こんどは社外の人も参加するようになって、気がつくと、掃除の話を講演してほしいという依頼が殺到するようになったんだって。今では鍵山さんの活動は世界にまで広がっているよ」
「掃除をするようになってからその会社の業績が伸びて、ついに株式を上場したんだから、話を聞いてみたいと思うだろう」
パパは腕組みをして、考えごとをしている。
「オレが鍵山さんだったら10年も我慢できないな。そんな薄情な社員どもなら、まとめてゴミ箱行きだ」
「パパ、それはちがうよ。鍵山さんはだれかに手伝ってほしいとか、人から評価してほしいから掃除を続けていたわけじゃないと思うよ。自分が手本を示せば、いつか周りも変わると思いながら続けたんだよ、きっと」
「なるほど。自分の信念に基づいてやったことであって、人の評価は眼中になかったということか。わかったか、みゆ?」
「えー! どうしてこっちにくるわけ?」
「おまえは結論を急ぐ癖があるから言ってるんだ。いいことが世の中に広がっていくには、時間がかかるということだよ。わかったな」
いつも結論を急ぐのはパパなんだけどなあと思いつつ、みゆは「わかったよパパ」と言った。
「よーし、いい子だ」
パパは満足そうな笑みを浮かべてみゆの頭をなでた。
うーにゃん先生流マインドフルネス
米アップル社創業者、スティーブ・ジョブズが傾倒していたことで、米国のビジネス界で脚光を浴びている禅。
宗教色を排し「マインドフルネス」としてアレンジされ、瞑想を通じて自身の深い心のあり様を見つめ、経営判断や、仕事のストレス緩和に活用されています。
その源流にある禅宗の文献からまとめられ、日本では多くの経営者により愛読されてきた禅語を「うーにゃん先生の禅語」として連載でお届けします。
情報過多の時代に生きる私たちが、シンプルに本質を判断し、次の一歩を後押ししてくれるヒントが必ず見つかるはずです。
ZEN(禅)マスターは
年齢:12才、性別:♀、猫種:キジトラ、名前:うーにゃん先生。
一見平凡な猫に思えて、その実、深い知識と教養を備えたうーにゃん先生とその飼主である「みゆ」との会話を通して、禅語の本質を平易に解き明かします。
この記事へのコメントはありません。