春来草自生
「たいへんなことになったの」
パパが帰宅するとママが小走りに玄関へ行き、慌てた様子でそう言った。
「なんだよ、いきなり」
「さっき官房長官から電話があって……」
「官房長官って、あの……な官房長官か?」
「そうなの」
「まさか本人じゃなくて秘書からだろう?」
「それが、あの官房長官からなの」
「で、用件は?」
「うーにゃんを政府が特別表彰したいって言うのよ」
「えー! うーにゃんを? どうしてまた」
パパの声が裏返った。
「一億総活躍社会のお手本だって。ネコなのに働いて税金を納めているのはうーにゃんだけだって」
「そりゃそうだろう。で、うーにゃんにはそのことを言ったのか?」
「もちろん、伝えたけど……」
その時、うーにゃんがのっそり現れた。
「よー、うーにゃん、出世したもんだな。日本政府がおまえを表彰したいんだとよ」
「う〜ん、でもあんまりうれしくないよ。ママは首相官邸での表彰式に裸じゃまずいんじゃないかしらって言うけど、第一、うーは着るもの持ってないんだもの」
「そうだなあ、おまえもいちおうレディだし、素っ裸で出席するわけにはいかんだろ」
はたしてネコが服を着ていない状態は「素っ裸」なのかどうか、うーにゃんはしばし黙考したが、結論は出なかった。
夜、みゆが帰ってきてから、うーにゃんの特別表彰のことで話は盛り上がり、みゆがSNSで発信すると、お祝いのコメントがわんさか届いた。
「みゆ、うーにゃんのことを広めるのはよしなさい。ここに人が押し寄せて来るかもしれないから」
「そうよね、うーにゃんはどこに住んでいるのかって話題になるだろうし、ご近所迷惑になるし」
「それに、うーもあんまり有名になりたくないよ。この前もみゆと散歩していたら、通りがかりの人から握手を求められたもの。有名になることは不自由になることだってパパがいつも言っているけど、そのとおりだと思うよ」
ニュースを見ていると、いきなりうーにゃんの顔がアップで映しだされた。政府がうーにゃんを特別表彰することに決まったと報じている。官房長官が記者会見で説明しているところも映った。
その後、ニュースキャスターは、うーにゃんが「先生」として活躍していること、とりわけネットでの人生相談はアクセスが前代未聞の数字を記録していると報じている。
人生相談の一例として、自分の友人に彼氏を奪われた23歳の女性からの相談が紹介された。彼女は、それ以来、友人に対する憎しみが高じて、なにも手につかないという。
それに対するうーにゃんの回答も紹介された。うーにゃんはこう書いている。
――あなたはとてもいい体験をしましたね。恋愛はいいことばかりじゃありません。だから、人間的にすごく成長できるんです。「春来たらば草生ず」という言葉があります。しかるべき時期が来たら、しかるべき状態になるという意味ととっていいでしょう。あなたの今の苦しみはすぐには消えません。でも、時間がたてば、「どうしてあんなに悩んでいたんだろう、憎しみに支配されていたんだろう」って思えるはずです。人間的に魅力がある人は、必ずと言っていいほど、つらい恋愛体験をしています。あなたもそういう人になれるチャンスをつかんだと思って、自分が変わる日を気長に待ってください。
キャスターがうーにゃんの回答文を読み上げると、パパもママもみゆも大笑いした。
「なにをえらそうに! おまえ、恋愛したことあるのか?」
パパは笑いが止まらないといった様子でそう言うと、みゆも続けた。
「そうだよね、生まれてすぐ、田んぼのあぜ道に捨てられて、それからずっとこの家にいるんだもんね」
うーにゃんは、下を向いてぶつぶつ言っている。
「でも、すごいじゃない。まるで自分が体験したかのように答えられるんだから」
ママの助け舟は泥舟だったようで、うーにゃんはますます沈んでいく様子だった。
うーにゃん先生流マインドフルネス
米アップル社創業者、スティーブ・ジョブズが傾倒していたことで、米国のビジネス界で脚光を浴びている禅。
宗教色を排し「マインドフルネス」としてアレンジされ、瞑想を通じて自身の深い心のあり様を見つめ、経営判断や、仕事のストレス緩和に活用されています。
その源流にある禅宗の文献からまとめられ、日本では多くの経営者により愛読されてきた禅語を「うーにゃん先生の禅語」として連載でお届けします。
情報過多の時代に生きる私たちが、シンプルに本質を判断し、次の一歩を後押ししてくれるヒントが必ず見つかるはずです。
ZEN(禅)マスターは
年齢:12才、性別:♀、猫種:キジトラ、名前:うーにゃん先生。
一見平凡な猫に思えて、その実、深い知識と教養を備えたうーにゃん先生とその飼主である「みゆ」との会話を通して、禅語の本質を平易に解き明かします。
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