言中有響
みゆは家に帰ってくると、しばらくうーにゃんと話す。はじめはお姉さん風を吹かせるものの、途中から形勢が逆転し、うーにゃんに諭される展開になることが多い。
その日もみゆは帰ってくるなり、あられもない姿でベッドに寝そべり、ポテトチップを食べながらうーにゃんに話し始めた。
「今日は取引先の祝賀会に招かれて、いろんな人に会ったよ」
「たしか、みゆがプロジェクトリーダーを任されているんだよね」
「うん。そのプロジェクトが大成功したの。それで、たくさんの人から褒められた。社長にまで握手を求められたよ」
「それは良かったね」
「うん。でも、一人だけ、なんかや〜な感じと思った人がいたけどね」
「みゆのこと、ひがんでいるんじゃない?」
「そういう感じじゃない。すごく冷静な人だし、自信家だし。あのプロジェクトはとりあえず成功したけど、一回しか通用しない企画だから、これからその反動が出るんじゃないかって。もうそんな話、あとでもいいじゃんて感じ。せっかく成果をあげたあとの楽しい祝賀会なんだからさ」
うーにゃんは、ふ〜んと言ったきり、黙り込んだ。
「どうしたの、ネコに似合わず難しい顔しちゃって」
みゆがそう言うと、うーにゃんは我に返ったような表情になった。
「いろんな人から褒めそやされていい気分になっている時に、その人から苦言を呈されて気分を害したってこと?」
「まあ、そういうことかな」
「みゆがどういう企画を考えたかわからないけど、一回しか通用しないということは、打ち上げ花火みたいな内容だったんじゃない?」
「まあ、そう言われてみればそうだけど」
「どうやらその人だけが、先を見通しているって気がする」
「そうかな。心配し過ぎじゃない? 結果が出たんだから、楽しむ時は思いっきり楽しまなきゃ」
「いや、そうじゃないよ。そういう時にあえて言いづらいことを言う人は誠実だと思うよ」
うーにゃんは、脚を伸ばしたあと、ネコ座りした。
「言中有響(ごんちゅうにひびきあり)!」
「どうしたの、やぶからぼうに」
「発した言葉が相手に伝わっているかどうか。反対から言えば、相手が発した言葉の真意を読み取っているかどうか。褒め言葉や威勢のいい言葉だけが相手の心に響くわけじゃないよ。ほんとうにその人のことを思って発しているのか、そこを読み取らなきゃ」
「そんなこと言ったって、わたしは禅僧じゃないんだから」
「お坊さんじゃなくてもできるよ。まずは原理原則を頭のなかに叩き込む。面と向かって褒める人はたくさんいる、それにいちいち浮かれていたら進歩はないってことを」
「でも、せっかく褒めてくれているのに……」
「その好意だけ受け取るという意味で、褒め言葉は50%に。反対に面と向かって苦言を呈してくれる人の言葉は5割増しの150%で聞くといい。それが自然体でできるようになったら、みゆの成長は保証されたようなものだよ」
「それはそうだけど、自分に厳しく言う人になかなか好意は持てないよ」
「それは言葉の表面だけを受け取っているから。大切なことは、その人がどういう気持ちでその言葉を発したか、そこまで考えて言葉を受け取ること。それができれば、耳あたりのいい言葉だけをありがたがって聞くということはしなくなるんじゃない?」
みゆは深く考え込んだ。
「現場にいなかったのに、うーにゃんはなんでもわかるんだね。たしかに今思い返すと、厳しいことを言ってくれたその人がいちばん誠実な感じがする。なのに、どうしてや〜な感じと思ってしまったのかな」
「じゃあ、善は急げ。その人にメールしてお礼を伝えて。もう一度、詳しくお話を聞かせてくださいって。そうすれば、100点満点だよ」
「うん、そうする!」
そう力強く言ったあと、みゆは「ゴンチュウニヒビキアリ、ゴンチュウニヒビキアリ……」と、ぶつぶつつぶやいた。
結局、うーにゃん先生には頭が上がらないみゆであった。
うーにゃん先生流マインドフルネス
米アップル社創業者、スティーブ・ジョブズが傾倒していたことで、米国のビジネス界で脚光を浴びている禅。
宗教色を排し「マインドフルネス」としてアレンジされ、瞑想を通じて自身の深い心のあり様を見つめ、経営判断や、仕事のストレス緩和に活用されています。
その源流にある禅宗の文献からまとめられ、日本では多くの経営者により愛読されてきた禅語を「うーにゃん先生の禅語」として連載でお届けします。
情報過多の時代に生きる私たちが、シンプルに本質を判断し、次の一歩を後押ししてくれるヒントが必ず見つかるはずです。
ZEN(禅)マスターは
年齢:12才、性別:♀、猫種:キジトラ、名前:うーにゃん先生。
一見平凡な猫に思えて、その実、深い知識と教養を備えたうーにゃん先生とその飼主である「みゆ」との会話を通して、禅語の本質を平易に解き明かします。
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