「無可無不可」(可もなく、不可もなく)
うーにゃんが昼寝していると、誰かが覆い被さってきて目が覚めた。
うーにゃんは牝ネコで12歳。どこにでもいるキジトラだが、本人は高貴な系譜をひいていると思い込んでいる。田んぼのあぜ道に捨てられていたのを今のご主人に拾われ、以来、怠惰な生活をむさぼっている。
拾われた時、猫背だったためそれを矯正され、今では人間と同じように仰向けになって枕の上に頭を載せ、まっすぐ体を伸ばして眠る。
また、「猫に小判」では将来苦労すると案じたご主人からお金の数え方を教えられるうち、高度な経済学まで学んでしまった。
うーにゃんに覆い被さってきたのはみゆだ。3ヶ月前、戻って来たこの家のひとり娘である。大学を卒業してIT会社に就職し、福岡に赴任したが、3年勤めて退職し、東京に戻り起業した。
「うーにゃん先生、なんとかしてよ~」
だいたい、うーにゃん先生と呼ばれる時は要注意だ。ふだんはネコの脳みそは小さいだとか睡眠時間が長すぎるなどとさんざんな言いようなのだから。ちなみに、うーにゃんの正しい名前は海である。海の日に拾われたので、そう名づけられた。
「どうしたんだにゃ~」
うーにゃんはあくびを噛みしめながら言った。
「だってさあ、お勤めの時は毎月25日になるとお給料が振り込まれたのに、事業を始めてから1円も入ってこないんだよ。貯金は減る一方だし、これからどうすればいいのかわかんないよ~」
──ははぁ、そういうことか。
と、うーにゃんは思った。そして、こうつぶやいた。
「可もなく、不可もなく」(無可無不可)
ときどき、うーにゃんは禅語をつぶやく。みゆはそれを知っていて、〝うーにゃん先生〟に助けを求めるのだ。
「なに、それ?」
「いったん、嫌なことを口に出してしまうとすべてが悪いと思ってしまうけど、100%悪い状況なんてないよ、みゆ。どんな時もいいこともあれば、そうじゃないこともある。今、自分のおかれている境遇を冷静に見てごらん。案外、いいこともあるから。言葉は要注意だよ。口にした言葉の通りに脳は解釈してしまうから」
言われてみゆは思った。なるほど、すべてが悪いなんてことはありえない。どこかにいいことはある。それを忘れなければいいんだ。
「第一、売上がゼロということは、これ以上下がることはないんだから、あとは上がっていくだけじゃない? 普通なら楽しくてしかたがない状況だよ。起業できない人が聞いたら怒るよ」
素直にそうだと思った。
「うーにゃん先生、肉球をマッサージしてあげるね」と言って、みゆはうーにゃんにギューッと抱きついた。
うーにゃんはすかさず手のひらを返して肉球を差しだした。うーにゃんはそれがなによりも大好きなのである。
うーにゃん先生流マインドフルネス
米アップル社創業者、スティーブ・ジョブズが傾倒していたことで、米国のビジネス界で脚光を浴びている禅。
宗教色を排し「マインドフルネス」としてアレンジされ、瞑想を通じて自身の深い心のあり様を見つめ、経営判断や、仕事のストレス緩和に活用されています。
その源流にある禅宗の文献からまとめられ、日本では多くの経営者により愛読されてきた禅語を「うーにゃん先生の禅語」として連載でお届けします。
情報過多の時代に生きる私たちが、シンプルに本質を判断し、次の一歩を後押ししてくれるヒントが必ず見つかるはずです。
ZEN(禅)マスターは
年齢:12才、性別:♀、猫種:キジトラ、名前:うーにゃん先生。
一見平凡な猫に思えて、その実、深い知識と教養を備えたうーにゃん先生とその飼主である「みゆ」との会話を通して、禅語の本質を平易に解き明かします。
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