相識満天下 心知能幾人
夕食が済んで、部屋に入ってから、みゆはずっと電話で話している。うーにゃんはするりと身をよじらせ、ドアの隙間からなかに入った。
みゆがだれかの相談にのっているということは、うーにゃんにもわかった。声色から察するに、深刻な相談のようだ。
「ふ〜」
ようやく電話を切ったみゆは、うーにゃんを見て、深くため息をついた。
「最近、こういう電話が多いんだよね」
「友だち?」
「何回か会ったていどだし、友だちという感じじゃない……。それなのにいきなり悩みごとを相談されても……」
「みゆならなんでも聞いてくれると思われてるんじゃない? いつも気持ちがフラットだし。パパも言ってたよね、みゆは落ち込んだことあるのかって」
「そりゃあ、わたしだってあるよ。ただオモテに出さないだけ。そこをパパはわかってない」
「で、その友だちはなんだって?」
「うーにゃんに言っても解決するわけじゃないし……」
そう言いつつ、みゆは説明を始めた。それによると、その知人は自分を不幸のかたまりだと口癖のように言っているのに、SNSでは楽しいことばかり書き込んでいるという。
「で、その反動なのか、愚痴を書き込めるアカウントを持っているらしく、そこでやりとりしているうち、ある人と会うことになったんだって」
「危険だよ。最近もあったじゃない。そういうところから殺人事件に発展したことが」
「だからね、会わない方がいいよって言った」
みゆはほとほと疲れ切ったような表情だ。
「その子、フェイスブックでは友だちが700人以上もいるんだよ。3ヶ月前に会ったとき、そう自慢していた。700人がアップしたものをほとんど読んでるんだって。よくそんな時間あるよね。馬車馬のように働いているわたしからすると、いったいなにが不満なのって思っちゃう」
「フェイスブックで700人も友だちがいても、相談できる相手がいないんだね」
「そうかもね。わたしに電話をかけてくるくらいだから」
うーにゃんは、きちんとネコ座りし、居住まいを正した。
「くるぞ、くるぞ」
みゆが囃し立てた。
「うーにゃんがそうする時って、先生になる時だよね」
うーにゃんは横目でじろりとみゆを見たあと、つぶやいた。
「相識満天下 心知能幾人(あいしるは天下に満つれども 心を知るはよくいく人ならん)」
「その心は?」
「識っている人はたくさんいるけど、心が通じている人は何人いるのっていう意味」
「まさにいまの電話の子のことだね」
「しるという言葉を知識の知と識で使い分けているところがミソなの。ただ、形だけ知っているのと深く理解し合っているのはちがうってことを言いたいんだと思う」
「たしかにその子、いつも孤独だって言ってる」
「孤独が怖いから、たくさんの人とネットでつながろうとするんだよね。でもね、孤独は悪いことじゃない。孤独と孤立はちがう。孤独はその人が成長するうえで必要なことだけど、孤立はまわりからの信用を失って一人ぼっちになってしまった状態のことだから」
「うん、わかる」
「勉強する時って、一人でしょう? 仮にだれかといっしょに学んだとしても、勉強しているのは自分一人。孤独を恐れていたら、絶対に成長できない。それにね、孤独に耐えて成長した人は、同じような人と出会う仕組みになっている。それがさっきの禅語の後半に出てくる『心を知る』人のことで、そういう人が少しでもいることが大切だってこと」
「いつも思うんだけど、うーにゃんはどうやってそんなことを学んだの?」
「本を読んだり、パパやママから聞いたり。それから、みゆに教えることでも学びになっている」
「えー! なんでわたしにだけ上から目線なのよ」
そう言って、みゆは怒ったふりをした。
「でもさあ、うーにゃん。さっきみたいな電話があった時、どう言えばいいのかな」
「すぐに効果が表れる方法はないと思うけど、いちばん効果的だと思うのは、自分を確立した人たちと交わって感化されることだよ。でも、そういう場が居心地悪かったら、どうしようもないね。処置なしだよ」
「突き放しちゃうってこと?」
「結局、すべての人と関わっていくことはできないからね。自分以外の人を変えられると考えるのは傲慢だよ」
「わたしもそう思う。いろんな人がいるから世の中って面白いんだよね」
「そうそう。そういう間合いが大切だよ」
みゆはそう言って、「孤独をおそれない」と紙に書いた。
うーにゃん先生流マインドフルネス
米アップル社創業者、スティーブ・ジョブズが傾倒していたことで、米国のビジネス界で脚光を浴びている禅。
宗教色を排し「マインドフルネス」としてアレンジされ、瞑想を通じて自身の深い心のあり様を見つめ、経営判断や、仕事のストレス緩和に活用されています。
その源流にある禅宗の文献からまとめられ、日本では多くの経営者により愛読されてきた禅語を「うーにゃん先生の禅語」として連載でお届けします。
情報過多の時代に生きる私たちが、シンプルに本質を判断し、次の一歩を後押ししてくれるヒントが必ず見つかるはずです。
ZEN(禅)マスターは
年齢:12才、性別:♀、猫種:キジトラ、名前:うーにゃん先生。
一見平凡な猫に思えて、その実、深い知識と教養を備えたうーにゃん先生とその飼主である「みゆ」との会話を通して、禅語の本質を平易に解き明かします。
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