鉄槌舞春風
いつものように気持ちよさそうに眠っていたうーにゃんは、電話のベルで起こされた。振り込め詐欺に遭ってはいけないから電話には出なくていいとパパから言われていたうーにゃんだが、なんとなく勘が働き、受話器をとった。案の定、みゆからだった。
「どうしたの、みゆ?」
「うーにゃん先生、ちょっと聞いてほしいんだけど」
うーにゃんは、先生と呼ばれ、身構えた。だいたい「先生」とつく時は、相談ごとだ。
「先月からアシスタントの子がきているって言ったよね」
少しずつ仕事が増えてきたみゆは、以前勤めていた会社の先輩の紹介で、社会人になったばかりの女子を雇うことになったと聞いていた。島根県出身で、地元の会社に就職したが、家族の事情で東京に引っ越すことになり、会社を辞め、いっしょに引っ越してきたという。
「社会人になったばかりの子だったよね」
「そう。それがね、なにを言っても要領が悪いっていうか、言った通りにやってくれないんだけど、そういう子って、どういうふうに指導したらいいの? 少し注意しただけで泣かれちゃって大変だよ。わたしが悪者みたいで」
「その子、まじめに仕事に取り組んでいるんでしょう?」
「そりゃあね、先輩の紹介だし。そんなにヘンな子じゃないよ」
「ただ、仕事の仕方がわからないだけなんだね」
「そうかもしれない。でも、毎日毎日、叱ってばかりいると、こっちが疲れてきちゃう」
電話の向こうで、みゆは泣きそうな声だ。
「で、みゆはその子が成長して、戦力になってもらいたいと思っているわけ? それとも、いますぐ辞めてほしいと思っているわけ?」
「そりゃあ、成長してもらいたい。すごくお世話になった先輩の紹介だし」
「それなら答えは出ているよ。みゆが変わらなきゃ」
「えー? だって、できないのはその子なんだよ」
「あのね、鉄槌(てっつい)春風に舞うっていう言葉があるんだけど」
「また禅の話?」
「いいから聞いてよ。鉄槌をくだすにしても、春風が舞っているかのようにしなきゃね。ただやみくもに叱っても、相手は萎縮するだけで逆効果だよ。ここはみゆが成長しなければいけない場面なの」
「わたしが?」
「そう。人の上に立つということはそういうことなの。今のみゆのレベルで判断しちゃダメ。その子の身になって考えてみなきゃ」
「……」
電話の向こうで、みゆは一生懸命考えている様子だ。うーにゃんは、無言のなかにもみゆの心の動きを読んだ。
「みゆが社会人1年目の時って、どんな感じだった? その子よりずっとできてた?」
「ううん。わたしの方ができなかったと思う」
「ほら、そうじゃない。そういうことを思い出して、その子に言ってあげてごらん。あなたはわたしが社会人1年目の時よりもいいよって。でも、こういうところを直さないと、いつまでたっても変わらないからいっしょに頑張ろうねって」
「……」
「そうしたら、その子は、なーんだ、みゆさんもはじめはできなかったんだって気持ちに余裕が生まれる。それにみゆとの信頼関係もあがる。信頼関係がない状態でどんなに叱っても効果はないよ。人間はロボットじゃないんだから。感情の生き物なんだから。だから、ここはみゆが成長を求められている場面なの」
「わかった。うーにゃんの話を聞いていたら、その子のいいところが見えてきたよ。やってみる」
みゆはうーにゃんの言うことは素直に聞く。うーにゃんは受話器を戻し、ふたたび昼寝の態勢に入った。
うーにゃんの寝息は、春風に舞っているかのように軽やかである。
うーにゃん先生流マインドフルネス
米アップル社創業者、スティーブ・ジョブズが傾倒していたことで、米国のビジネス界で脚光を浴びている禅。
宗教色を排し「マインドフルネス」としてアレンジされ、瞑想を通じて自身の深い心のあり様を見つめ、経営判断や、仕事のストレス緩和に活用されています。
その源流にある禅宗の文献からまとめられ、日本では多くの経営者により愛読されてきた禅語を「うーにゃん先生の禅語」として連載でお届けします。
情報過多の時代に生きる私たちが、シンプルに本質を判断し、次の一歩を後押ししてくれるヒントが必ず見つかるはずです。
ZEN(禅)マスターは
年齢:12才、性別:♀、猫種:キジトラ、名前:うーにゃん先生。
一見平凡な猫に思えて、その実、深い知識と教養を備えたうーにゃん先生とその飼主である「みゆ」との会話を通して、禅語の本質を平易に解き明かします。
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