薫風自南来
今日はみゆがアシスタントを連れてくる日。うーにゃんは、少し緊張している。
「ただいまぁ」
みゆが帰ってきた。みゆについてきた人は小柄で細おもて。どことなく、佇まいがある昭和のアイドルに似ている。
「しつれいしまぁす」
彼女が履物をきちんとそろえるのをうーにゃんは見逃さなかった。
「これがうーにゃんだよ」
うーにゃんはみゆの部屋で寝そべっていたが、そう紹介されたので、両足をそろえて座り、「いらっしゃいませ」と言った。
その時、女の子は大きな目をさらに大きくして、「うわっ、ネコがしゃべった!」と叫んだ。
「だから言ったじゃない。うちのネコは人間の言葉をしゃべるって」
「まさかほんとうだって思わなかったんです。みゆさんにからかわれていると思ってました」
「あなたがチカさんですね。すごく気の利く人だってみゆが言っていたけど、いつもみゆを助けてくれてありがとう」
うーにゃんは猫なで声でそう言った。
みゆは、「そんなこと言ってない」という表情をした。それを見たうーにゃんは、「立ち居振る舞いからして気の利くのはわかる。いいところは褒めてあげるのがいい。しかも第三者を経由して褒めるのがいちばん効果的なのをみゆはわかっていない」と思った。
案の定、チカは顔をパッと輝かせた。気持ちを素直に表せる人だ。好感がもてる、とうーにゃんは思った。
クッキーを食べながら、3人は雑談を始めた。チカはうーにゃんの豊かな教養と高い見識に舌を巻いている。
「うちにもうーにゃんのようなネコが欲しい〜」
「むりむり。うーにゃんのようなネコは世界中どこを探したっていないから」
「ですよね〜」
チカは尊敬のこもった目でうーにゃんを見つめる。
「あ、いけない。今日中に振込しないといけなかったんだ。ちょっと近くのATMに行ってくるから二人で遊んでいて」
そう言い置いて、みゆはあわただしく出かけた。
「うーにゃん、ひとつ質問していいですか」
チカはうーにゃんの方に向き直り、あらたまった表情でそう言った。
「うん」
「わたし、ミスばかりしてみゆさんに迷惑かけているんです。それなのにみゆさんは、大丈夫、次から気をつけてって慰めてくれる。役に立っていないのにお給料をいただいているのが心苦しくて……。どうすればいいんでしょうか」
うーにゃんは、チカの目を見つめた。素直な澄んだ目だった。そして、みゆはいい人をアシスタントにしたと確信した。
「薫風自南来(くんぷうじなんらい)っていう言葉があるんだけどね、ちょっと想像してみて。爽やかな香りのする風が、そよそよと南の方から吹き渡ってくる。どお? イメージするだけで心地よくなれるでしょう?」
チカは目を閉じて、しばらくじっとしていた。
「うん、ほんとう。なんとなく心のなかがじわーっと温かくなっていくような気がする」
「チカさんが人の役に立てる人間になりたいっていう気持ちでいる限り、いつかはそういう風が吹いてくるよ。だから慌てないで。要は、だれかのために役に立ちたいと思い続けることだよ。そうすればぜったいに成長できる」
「……」
チカは腑に落ちていない様子だ。
「じつはうーもそう思っているんだ。うーは田んぼの脇の側溝で飢え死にしそうだった。食べるものがなくて土を食べたことも覚えている。その時、うーを拾ってくれて、なに不自由ない暮らしをさせてくれているのに、なんにも恩返しができない。それがもどかしくてね。その時、思ったの。ニンゲンのこと勉強して、みゆの相談相手になろうって。そうすればみゆもママもパパも喜んでくれるはずだって。そう思って勉強しているうちに楽しくなってきてね、気がついたら上達していたってわけ」
「そうなんだ。じゃあ、わたしとうーにゃんは同じ穴のムジナってわけね」
「うーん、こういう時にその言葉は的確じゃないかも。似た者同士ということでいいんじゃない」
「うん、わかった。うーにゃんがコツコツと勉強してそうなったように、わたしも気を抜かないでできる限りのことをやってみる。これからも時々相談してもいい?」
「うん、いいよ。うーで役に立てるのならいつでも歓迎だよ。それから、ひとつアドバイスしてあげる。みゆのカレシ、京都の人なんだけど、絶対に京都の悪口を言っちゃダメだよ」
「ハハハハ。わかりました」
チカは気持ちよさそうに笑った後、「わたしも彼氏、ほしいなぁ」とつぶやいた。
うーにゃん先生流マインドフルネス
米アップル社創業者、スティーブ・ジョブズが傾倒していたことで、米国のビジネス界で脚光を浴びている禅。
宗教色を排し「マインドフルネス」としてアレンジされ、瞑想を通じて自身の深い心のあり様を見つめ、経営判断や、仕事のストレス緩和に活用されています。
その源流にある禅宗の文献からまとめられ、日本では多くの経営者により愛読されてきた禅語を「うーにゃん先生の禅語」として連載でお届けします。
情報過多の時代に生きる私たちが、シンプルに本質を判断し、次の一歩を後押ししてくれるヒントが必ず見つかるはずです。
ZEN(禅)マスターは
年齢:12才、性別:♀、猫種:キジトラ、名前:うーにゃん先生。
一見平凡な猫に思えて、その実、深い知識と教養を備えたうーにゃん先生とその飼主である「みゆ」との会話を通して、禅語の本質を平易に解き明かします。
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