桃花紅李花白 ドアの隙間から、みゆが声を押し殺して泣いているのが聞こえた。うーにゃんは体をくねらせてすり抜け、そっと近づいて言った。 「どうしたの、みゆ?」 みゆはうーにゃんに気づかない。 うーにゃんはパパとママがいるリビングに行って、「みゆが泣いているみたいだよ」と言った。 …
冷暖自知 日曜の午前、遅めのブランチのあと、みゆはママに尋ねた。 「ビットコインとかの仮想通貨って、かなり乱高下しているけど、いま買い時だと思う?」 「そんなこと知らないわよ。パパに聞いてみたら?」 「パパに聞くと、いろいろ難しい話になるし」 「じゃあ、うーにゃんに聞いたら…
無作妙用機 みゆは妙に浮かない表情をしている。 「どうしたの、みゆ」 心配そうにうーにゃんが訊いた。 「ミサキの会社がつぶれちゃったんだ」 「え!? ミサキちゃんの会社が?」 ミサキはみゆが会社勤め時代の同僚で、同じ時期に東京に戻ってきて起業した。業種は違えど、みゆと…
一切唯心造也 今日は、みゆの元同僚が訪ねてくる。うーにゃんが、みゆのメンターだと聞き、相談にのってほしいというのだ。 「なんか、気が重いなあ」 うーにゃんは、みゆに言った。 「会って話を聞いて、ちょっとアドバイスするだけだから」 「でも……」 「〝少しだけ、だから贅沢…
一翳在眼 空華乱墜 「だからって、傷口に塩をすり込むようなことは言わなくてもいいんじゃないの?」 隣の部屋から声が聞こえてきた。珍しくママが強い口調でパパをいさめている。 「食塩じゃなく、本物の塩をすり込めばいいじゃないか」 「そういう話じゃないでしょ!」 ママの一喝で静ま…
相識満天下 心知能幾人 夕食が済んで、部屋に入ってから、みゆはずっと電話で話している。うーにゃんはするりと身をよじらせ、ドアの隙間からなかに入った。 みゆがだれかの相談にのっているということは、うーにゃんにもわかった。声色から察するに、深刻な相談のようだ。 「ふ〜」 ようやく電話…
全機現 「あら、たいへん。どうしたの? そんな真っ赤な顔をして」 帰宅したパパにママが声をかけた。 「どうしたもこうしたも、焼け死ぬかと思ったよ」 パパはそう言いながら、ジャケットを脱いだ。 「焼肉をしこたま食いながら、興奮状態の連中が雄叫びをあげるのをずっと聞いてた。電気…
下載清風 「ったく! どっちもどっちなんだよ。世の中には生きたくても生きられない人がいるっていうのに……。そんなに死にたいやつはとっとと死んじまえ!」 パパは新聞を折りたたみながら苛立たしそうに悪態をつき、席をたった。 みゆとうーにゃんは顔を見合わせた。 「気持ちはわかるけど、問…
一片好風光 「す、すごい! あんなに並んでる!」 みゆは小走りに「団子屋」に向かっていたが、行列を見て落胆の声をあげた。ここで団子を買い、横浜や都心を遠目に見ながら食べることを楽しみにしていたのだ。うーにゃんも失望の色を隠せない。 ここは高尾山の中腹にある見晴台である。 「ちーが…
独坐大雄峯 都会の夜だから、星はほとんど見えない。まして、今夜は新月。ひんやりとした乾いた秋の風が頬を撫でる。 みゆとうーにゃんは、新月の夜、マンションの屋上に上がって、周りを見渡しながらおしゃべりをするのが習慣だ。 「きもちいいね、うーにゃん」 「うん」 うーにゃんは、手…